2018-01-01から1年間の記事一覧

私のお話

嫌だと思う気持ちや、納得の行かない気持ち。許せない気持ちや苦しい気持ちに押し潰されて、心が一杯一杯になって、私は深夜の道を歩いた。 その日は、珍しくイヤホンを持たなかった。無音の空間に、一人分の足音が聞こえるだけの時間。 この時期の夜は、あ…

細やかな慎み

その身を飾り立てる事を再び辞めて、私は一層軽やかになった。 夏は温度や水気や光や光の反射や視線や、衣以外に身に纏うものの多い季節だから、これくらいが丁度良いのだと思う。 細やかな慎みとしての衣服を身に纏い飾る為ではなく誰かから、或いは自分か…

小さな失くし物

誰もいなくなったカーテンの無い部屋 踏まれて茶色くなった木蓮の花弁 独りぼっちの白鳥 部屋の隅で干乾びた蜜蜂 もう使われる事の無い椅子と机 公園で捨てられた兎のぬいぐるみ 孵る事の無かった小さな卵 割れた蜂蜜の瓶 送らなかった手紙 読まれなかった言…

言葉の距離

時々、言葉の贈り物をいただく事がある。 素朴な優しい言葉の花束に嬉しくなって、私も同じように花束を拵えようとするけれど、数本の萎れかけた花のようなものになってしまったり、 クシャクシャのティッシュのようなものになってしまったりする。 状況や関…

急にぐったりと元気がなくなってしまった二日間だった。理由は分かっている。 一人で家の中にいると、時々大きな体内にいる様な気がする事がある。実際、すう、すう、と息を吸い込む様な音が聞こえる。水道管の音なのだろうか。分からない。 激しい雨が降り…

幽霊になりたい

心と体を持って、自分が生きているという事に違和感を持つようになったのは、いつからだろうか。自分が存在している事がこんなにも心許ない。 私は私の事がうまく分からなくて、自分が誰なのかどういう人間なのか説明が出来なくて、伝えられない。 だから、…

幽霊の夜

誰かと生きているという感覚は一ミリも無かった。ソファに寝転んでカーテンが風で膨らんでは萎み、顔を撫でていく。それをじっと見ているだけで人生が終わってしまっても良かった。 話相手なんて要らなかった。友達も、恋人も、本の中のお話だった。 全てが…

手紙

まだ夜も明けていないのに、もう夕暮れね。 ほら、あの木はシーラカンスに似ているね。冬の枝にぶら下がる葉は水掻きのよう。月もなんだか不機嫌そう。 私、突然だけど思ったの。世界は創造されたものでは無いんだって。 こういう事は、ただ知る事しか出来な…

本当の幸いとは一体

私は、誰かが「幸福」について話したり「幸せだ」と言う時、その人が満たされている状態だという事を感じる事が出来る。だけど私は「満たされる」という事がよく分からない。 心が乱れておらず落ち着いた状態の事を心地良いと私は感じるけれど、私にはそれが…

寂しさばかり食べて生きる

人との繋がりや社会の中では、自分が居てはいけないような息苦しさと不安を感じ、正しく健やかな人を見ては自分の愚かさが露になる。 ニュースは世界の理不尽さや悪意や混乱を伝え、それが自分の中に育とうとする。失う恐怖と悲しみは私を飲み込み怪物になっ…

ずっと遠くへ行きたかった

遠くがある事を知ったのは、広大な自然のある土地を テレビで見た時だったかもしれない。 部屋に寝転び目を閉じて、風の音だけを聴きながらその映像を頭の中で広げ、自分がその土地にいる想像をし、何度も遊んだ。 物語がある事を知ったのは、新学期に教科書…

喪失が存在出来る場所

"She is not there" is there. 特異体質でもなければ、一般的に人間の脳は経験の10%程度しか記憶をする事が出来ないらしい。 多くの記憶は優しい時間の流れに乗って、柔らかな雨に打たれた水彩画のように脆く流れ去っていき、曖昧な滲みだけをキャンバスに…